取材を紹介しています。求人情報もたくさんあります。

植物広場

花屋>取材>01

イラストウォーク

取材

    Vol.01
  • わかっちゃいるけど辞められない
  • ~ロンドン、東京、そして大阪。ココントーザイ花仕事~

    お店をすることになったキッカケはテナント募集の張り紙です。

    タワーマンション2本に丁度挟まれたかっこうでチョコンとたたずむビルの1階に全面ガラス張りの店、それが2006年10月にオープンした花店「COCON★TOHZAI」。

    真っ白な壁が印象的な店内にはプリザーブドフラワーと観葉植物がずらりと並べてあり花器や書籍なども置いてある。

    天井は柱が丸見えで床の色は黒に茶色を混ぜたような渋めの色、店の真ん中には4人がゆったりと座れるような大きなイギリス風のアンティーク机がひとつだけ置いてある。「まだちょっと散らかってますけど」とおっしゃるのがこの店のオーナー大屋瞳さん。

    大屋さんが大阪に帰って来たのは2004年8月。イギリスに2年、東京に4年、独立をするために故郷を選んだ理由とは。

    「東京で仕事を辞めた時に両親に一度大阪に帰ると話をしてたんですね。地元を6年も離れてたので。花の仕事は東京でも大阪でもどちらでもいいなと、家の近くにいってもう一度生活するのもいいかなと」

    「この場所に決めたのは、たまたまここを自転車でとおりかかったときにテナント募集の張り紙をみたからです。自分の店を持ちたいとか強く思ってたわけでもないですし」そう言って大屋さんは笑顔を覗かせる。

    店の前を偶然通りかかった人が「教室やってるんですか」と、ときおり覗き込む。教えている内容はプリザーブドフラワーが中心で通常のコースレッスンに加え体験レッスンも随時実施、希望する人には資格コースも用意している。

    「とにかく最初はレッスン中心で生徒さんに来てもらえるようにして、そこを柱にして色んな事ができるようになればいいなと。余裕が出てくればブライダルとかもできるようになるといいですね」

    次にくる次にくる新町という場所を選んだ理由。

    車が横付け出来る広さにこだわったという店の前の通りには、駐車してなお2台が十分にすれちがえるほどの道幅が確保されている。

    近くには大阪厚生年金会館と専門学校、最近では町そのものが雑誌などで大きく取り上げられるなど徐々に知名度も増してきているようだ。

    なにかと話題の堀江と南船場、これら人気エリアに挟まれたこの新町という場所を選んだのは。

    「東京でも井の頭公園とか代々木公園とか緑のあるところがすごい好きで、それで大阪だったらうつぼ公園の近辺のふいんきとかが好きで、もしお店構えるんだったらあのあたりがいいなと思ってたんですが、路地も多く車とか止めにくいので荷物の上げ下ろしに不便かなと」

    「お隣の堀江や南船場は高いんですよね、家賃と集客が見合わないっていうか。ここは次にくる次にくるって言われつづけてて、これから可能性のある所とのことで」

    東京でも支店探しなど物件を見る機会があり、その時の経験から集客と家賃の関係をシビアに見るようになっていたという。

    会社員しながら花の教室に通っていました。

    短大卒業後、グラウンドホステス(接客業)として空港に勤務するかたわらフラワー教室に通う。いきなり花の仕事をする前に、まず自分がそれに向いているのか向いていないのかを知ろうという事でレッスンを受けたとか。

    「なんとなく花がしたいと思ったのが就職活動をしないといけない時期だったので、とりあえず先に職を探したんですよ。もちろん空港の仕事も遣り甲斐もあって楽しくてしてたわけなんですが、将来的にはそういうのもいいなとスクールに通ってました」

    これを一生の仕事にするなら大きなものも活けれるようにならなければとフラワーアレンジメント教室を終了した後、南船場のとあるビルの1階にあった花の教室にも通いだしたそう。

    「つぼ活けを教えてくれる先生のところに習いにいったんです。プロの方も来ているそういうところ。花材はみんな同じものが用意されていて、つぼを自由に選んで好きなように自分で活けていく、使いたくない花があれば無理に使う必要もない、そんな感じでした」

    “将来何になりたい?”日本で恒例行事のようになっているこの質問に小学生の間で常に上位に入るのがパン屋さん、そしてお花屋さんだ。やはり小さい頃からお花が好きだったのだろうか。

    「たぶん皆と入り方が違うと思うんです。お花がかわいいとか、きれいとか、そういうのはなくて。花を買ってきて部屋に飾るとかもなかったですし、発色というか色に惹かれたんですよね。なんでこんな色がでるのかなと着色したわけでもないのに……」

    「花屋さんは暇なときに道すがら見つけては覗いてはいましたけど。なので小さい頃花屋になりたいとかそういうのはなかったと思います」

    空港の仕事も4年が過ぎ、そろそろ花の仕事に本格的に移りたいと考えだしていた。

    選んだ場所はイギリスでした。

    ロンドンにいったのは1998年。農業系の公立専門学校オークランズカレッジのフローリストを養成するための1年コースに入学する。

    日本人だけでなく現地イギリスの人たちも勉強をするところで1クラス20名程度。東京に行く事を決めていた彼女が海外に目を向けたのはなぜ。

    「まず東京へ行ってみようかなと、気にいった店をみつけて働きながらいろんな事を覚えていけたらいいかなと。その事をつぼ活けを教えてくださってた先生に相談したら『勉強のためだけに東京へ行くつもりなら海外に行く事をすすめるな。仕事もやめるんだし今ならどこへでもいけるやん』と言われたんです」

    「私も仕事柄か海外に興味あったんですが、学生に戻るのが怖くて属するものがなくなってしまうというか。そんな話をしていたら『帰ってきてからの事はそのとき考えればええやん』って言われて“そっか”と思いました」

    他にヨーロッパでお花が盛んな国はドイツ、フランス、オランダ。花を学ぶのであればこういった国々も、だが選んだのはイギリスだった。決め手になったのは英語圏であるということ。国際空港で働いていたことで外国人に接する機会は多かったが日常英会話ならしゃべれる程度。一から語学の勉強まですると大変だと考えたそう。

    1年間の予定で生活費も授業料もその分だけ貯めていく。しかし学校が終わりに近づいた頃「私、1年で何が出来るようになったんやろう」と焦りが募る。来たからにはちゃんと学んで帰らなければと。そこでもう1年延長しようと決心。物価が高い現地での生活費をまかなうため夜は日本食レストランでバイト。昼はポーラの店で現場研修。休みの日はもう1件別の花屋さんなど働き詰めの毎日に。

    「ポーラのところはワークエクスペリエンスといって、週に1日学校の授業カリキュラムの中に現場研修みたいなもので働くというか勉強するというのがあったんですが、これは自分でその場所を探さないといけないんですね。で、日本にいる時からポーラの花が大好きで、ロンドンに行くなら是非ポーラのお店で働きたいなと。たまたまなんですが店に行ったときにポーラご本人がいたんで、あなたの所でワークエクスペリエンスさせてほしいって言ったら『いいよ』って」

    「スタッフの中に同じ学校の出身の人が多かったのもあったみたいなんですが、タイミングがよかったみたいで運良く入れて頂く事が出来ました」

    ポーラのところは芸能人のレセプションパーティなど大きな仕事もたくさん。店売りより活け込み仕事に興味がありそれを希望した。イギリス人が多いもののフランス人スペイン人そして日本人など多国籍な職場。いっしょに働いていた人達からもたくさん学ぶことができたとのこと。

    「じゃーいつからくる?」雑誌で見かけた花店ディーズとの出会い。

    日本に戻ってきて翌月には東京。知り合いが教えてくれた花屋をまわってみたもののいまいちピンとくるものがなかった。店売りよりイベント装飾などの仕事に興味があったがそういう店は東京でもあまりない。

    「どういう店があるのかな」花関係の雑誌を見ているとディーズの初仕事ベルファーレのクリスマスディスプレイが紹介されていた。これを手がけた松尾氏が花太郎で仕事をしていた事を知り「大阪にいるときから花太郎の保坂さんの花が好きだったので、もしかしたらこの人の花も好きかもしれない」と、その足で尋ねて行く。

    その日、ディーズのスタッフは百貨店に設置した花の撤去作業をしている真っ最中だった。店に戻ってきた松尾氏に頼んでその現場に連れて行ってもらう。手伝いが終わる頃「いつからくる?」と聞かれ、そのままそこで働く事に。

    「お店が立ち上がった直後に入ることになったんですが、スタッフは4人くらいで私が辞める頃には10人くらいになっていました。いちおう店はあるんですが普通の花屋でないというか作業場みたいなところで、そこを拠点にどこかにいって活けてくるみたいな感じでした」

    仕事は忙しく泊り込みで働く事も「ぜんぶクライアントに合わせるので入りが24時とか(活け込みを開始する時間のこと)。でも普通にそのまま朝起きて仕事する、みたいな感じ。5時に寝て7時に起きて……いつも寝不足でした」

    花の仕事を辞めようと本気で思いました。

    「お電話ありがとうございます。ココントーザイでございます」ときおりかかってくる電話に明るい声で対応する。そんな彼女も花の仕事から一度離れたことが。

    「本当に忙しいお店だったので、体の調子を壊してしまい辞めてしまったのですが、それでせっかく時間ができたので今までやりたかった事を全部やろうと、まずイギリスに1ヶ月行きました」

    「そしたら着いた次の日に、やっぱりこの仕事私好きなんだなって、ここで頑張ってた頃の自分を思い出したりとかして……。しばらく休んでから結局この仕事にもどってきたんですけどね」

    「留学してた時の人達で、今も花を続けているのは少なくなってきてるんですけど、結婚していたりとか他の仕事をしていたりとか。名古屋で自分の花屋をもってる人と、ロンドンでそのまま仕事をしている人とか数人くらい」

    「お花の仕事って続く人は続くんですが続かない人は1日でこなかったりとか3日で辞めちゃったりとか、そういう人もいっぱいいるんですよね。雑誌とかで見てかわいいなと思っても現実とギャップがあるから。ゴミとかも素手で触ったり爪とかも真っ黒になるし」

    まだまだ模索中

    大阪に帰ってきてすぐに独立したわけではなく、はじめは神戸のブライダルの仕事に雇われて働いた。市場とか資材とか流通の仕組みを知るために仕入れもさせてもらいながらそういったことを覚えていく。並行して個人でも仕事を受けながら。そして自分の店をオープン。

    フラワースクールチラシ 空港で働いていた頃の同期が職場にチラシを置いてくれたりして知らない後輩とかが習いに来てくれたり、

    イギリスで学校に通っていた頃の友人が東京で装飾の仕事をしていて、その彼女が大阪での仕事をふってくれたり、

    そうやって昔の関係が今につながっている。トンカチやペンキ塗りだけで1日が終わる。そんな経験もしたことで、たいていの仕事はおまかせ。

    ロンドン、東京、そして大阪。住んでいる人が違うせいかずいぶん売れるものも仕事の内容も変わってくるとか。そんな彼女のこれからはと尋ねると……。

    「花といってもブライダルだけでやるところもあるだろうし、レッスンだけでやるとこもあるし、たくさん種類があるのでこれから働きたい人は一度とにかくやってみてください。やっているうちに色々見えてくると思うのでその時にまた考えればいいですよ。私もまだまだ模索しています」

    ■個人データ 大屋 瞳(オオヤ ヒトミ)
    1973年大阪生まれ大阪育ち。短大卒業後グラウンドホステスとして空港に勤務するかたわらフラワースクールに通う。1998年単身イギリスへ花留学、仕事も経験して2年後帰国。雑誌を見て訪れた東京の花店「ディーズ」で働くことに。2004年8月大阪に戻りブライダルの仕事を開始。その後フラワーショップおよびフラワースクールを開店開講、現在に至る。

    ■ショップデータ(2011年閉店)
    【店名】COCON★TOHZAI(ココン★トーザイ)
    【オープン】2006年10月20日
    【営業時間】12:00~20:00
    【休日】月曜
    【住所】〒550-0013大阪府大阪市西区新町1-21-3小林ビル1F
    ※地下鉄四ツ橋線四ツ橋駅2番出口徒歩5分
    ※地下鉄長堀鶴見緑地線西大橋駅2番出口徒歩5分
    ※地下鉄御堂筋線心斎橋駅3番出口徒歩8分
    ※地下鉄各線本町駅23番出口徒歩8分
    【ホームページ】http://cocontohzai.jugem.jp/
    【業務内容】
    フラワースクール、フラワーショップ、ブライダル装花、イベント等の活け込み 【コメント】
    プリザーブドフラワー、観葉植物、花器など多数あります。生花もご注文いただければお作りしています。付近はカフェやセレクトショップが立ち並ぶエリアです。是非お気軽に遊びにいらしてください。

花屋|フラワー教室|造園業|グリーンクリエイター|お問い合わせ

Copyright (C) 2017 植物広場 . All Rights Reserved